オランダ・マーストリヒト篇 ベネルックス・独20日の旅   29 July,2002 起草

以下の黒い数字は、通貨単位ユーロ

2002.07.01(月)あいにくの雨模様。南下してオランダ・マーストリヒトへ移動すべく、ホテルに呼んだナイメーヘン駅までのマイクロバスで、衆議一決マーストリヒトMaastricht へこのまま行こうよ、ということになった。数の経済性がモノを言った形だ。ついたホテルは繁華街の中にあるが、階段は急、部屋は狭く、電話が無かった。Mobile が出来ず。(/・_・\)トホホ
2002.07.02(火)マーストリヒト市内観光。あまり大きな町ではないが、あちらこちら歩き回った。城砦のあとを住居にしたり、古い建築物が多く、スケッチもした。夕方、某フォーラムで紹介のあったイタリヤ・レストランを探し当て、本場もののイタ飯を食ってご機嫌さんだった。ただ、著名なスープに出会う事は残念ながらなかった。 

2002.07.01(月)4日間のナイメーヘン生活に分れを告げ、マーストリヒトに移動の日。天気は終日雨模様。ルームメイトのNさんと宿泊費、通信費などを仕分けして、クレジットカード決済するのにフロントで長時間かかる。オランダ語でしか話せない中年女性のクラークとはラチがあかないので、英語の話せる女性クラークが出社してきて、やっと話がついた。

2002.07.02(火)    

   北京市街地図(分かり易い)

▼1988年(昭和63年)3月全行程

   昭和63(1988)年3月10日(木) 10:00成田発 同日 13:40 北京着。北京・京倫飯店泊。
   3月11日(金) 午前中、日方各グループと中方水利電部及び各発電所関係者による合同の全体会議。
                    午後、各発電所毎(遼寧省・錦州、山東省・済寧、上海市・閔行)に分かれて、分科会。
   3月12日(土)午前中、分科会続き。午後、総括会議。北京・京倫飯店泊。
   3月13日(日) 14:00 上海発 同日18:40 成田着。

▼成田〜北京(3/11)

   今回も出発2時間前の午前8時までに成田へ自宅から行けないので、三軒茶屋のホテルに前泊した。

     左はいずれも、3/11 成田出発後、左は東京上空(下方は東京湾、中程は皇居、そのちょっと上に東京ドオームが見える)、右は北京空港近くの写真。

▼北京(3/11)

   当時北京では、毛生薬101というのが凄いブームになっていた。民族飯店で昼食後町をブラブラしていたら、下の写真にあるように、その薬を売っている店の前に長蛇の列があるのを発見、早速探索する事にした。この店の2階に毛髪診断専門の医師がいて、我々が入場料を払うと、現地の人が並ぶ中、先行して中に入れてくれ、言葉は分からなかったが、診断してくれ、毛生薬101を買わされた。そのころは小生も薄いのが気になっていたので買ってきたが、帰国後、変なにおいがするので気持ち悪くなり、捨ててしまった。

    毛生薬101専門店前
   1988.03.11
    同 左     同 左

   毛生薬101専門店前
   1988.03.11
    同 左

   中国・水利電力部前    同 左

  仲間と祝杯   同 左(汾酒プーシュという強いのを飲んだ)

▼天壇公園観光(3/13、日曜日)

   今日は早や帰国の日となってしまったが、午前中、天壇公園と故宮を大特急で見て回る事にした。

   どちらも広大な敷地にある歴史的な遺産といえようが、時間がないので、行き当たりばったりで、ぐるっと一回りした。どこがいいのか、知る由もなく、時計と首っ引きで歩いた。天壇公園の入場料は2元であった。

   天壇公園
   1988.03.13
   同 左    同 左

   天壇公園
   1988.03.13
   同 左    同 左

   天壇公園
   1988.03.13
   同 左

▼故宮観光(3/13、日曜日)

   故宮は噂には聞いていたが、1406〜1420年の建造、明清2代にわたる凄い宮殿で、紫雲城とも呼ばれる。入場料5元を払って一人で中を散策した。表門の午門から入って、中心部を駆け足で、裏門の神武門まで行き、その後、美術工芸品の陳列棟などを見る。古い建物、宮殿内の丁度品や、大理石で出来た階段や欄干などは、さすがに凄い宮殿だと思い知らされた。しかし、後年、台湾の故宮博物院を訪問する事になるが、今回のここ故宮の美術工芸品がいかに貧弱であったかを知る。すなわち、北京の故宮の美術工芸品はもぬけの殻といった表現が相応しいほどひどいものだった。Yahoo検索で探した 『The Last Emperor』の紹介サイト故宮の歩き方を最後に引用して、終わりにする。

   紫雲城配置(色の線は足跡)    紫雲城全景(72万平方米)

   午門(正面入り口)    外東路(東筒子路・紫雲城側壁)

   大和殿    乾隆花園    同 左

▼帰国(3/13)

   今回は我がTグループが担当した上海市・閔行発電所の運用効率向上などのリハビリ提案は、発電所技師と直接技術交流が出来なくて、中方にどれだけ趣旨が理解されたかは分からない。具体化に当たっては詳細な詰めが必要だろうし、我々メーカーとしてやった事のない他社機の改造をどうするかの問題も残る。でも珍しい経験もしたし、束の間の観光見聞と言う収穫もあって、無事帰国した。

   この年、翌4月から30年勤続の会社を早期退職し、新しい第二の職場に転籍した。

   この「旅つれづれ」のサイトは、今回の「その2」を入れて全部で8編に及んだ。これはいわば我が生涯に経験した外国出張史とも言うべき集大成と自負するものである。

   今後は、国内・海外のプライベートな旅行を起草して行こうと思っている。


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