シアトル2


ガスワークパーク1997年 7月 4日

  大きな星条旗を貼り付けてビルの壁面のようにした配管つきガスタンク群と草地の人物を題材に一枚描いた。おりしも小錦に似たアベックが歩いていたので、「歩く姿がガスタンク」のユーモアをモチーフにこれも取り入れた。通行人が、私達のスケッチを見てワンダフルと言って通り過ぎるのに悪い気はしなかった。4時くらいになって未だ太陽は高いが、程々にして宿へ引き上げた。



レーニア山 1997年 7月 5日

 今回の宿泊ホテルは、宿泊費が均一でなく、高いところは私の部屋の倍はあった。その高い部屋に一人住まいの老婦人はとても社交的で、夕方皆を集めては部屋でパーテイをやった。彼女の部屋からは、何んと夕焼けに映えたレーニア山が見えるではないか。このレーニア山は何んとなく輪郭が富士山に似ているが、土地の名をとって別名タコマ富士と言うのだそうだ。同行の師は夕日に映えるレーニア山をたちどころスケッチして、それを彼女に謹呈した。この朝、彼女の部屋の窓際を借りてスケッチし、あいにく見えないレーニア山は、同行の師のスケッチを参考にした。



ギルマン村 1997年 7月 5日

 この日は日帰りのスノコルミー瀧観光で、途中専用バスが休憩に立ち寄ったギルマン村観光施設で一枚せしめたのが、このスケッチである。





UW図書館 1997年 7月 6日

 スケッチ初日の 7月 2日、大学構内中心部の 図書館 Suzzallo Library を皆さん描いていたが、これは魅力的な建物ながら変化が多くて描きにくい対象物で、時間の兼ね合いで後日実現しようと思いあの日はスケッチを見送った。今日はワシントン湖東岸を往復するデイナートレインで夕食をとる事になっていて、それまでは、各自待望のフリータイムだ。私は一人でまた大学へスケッチに行く。色々描写角度を検討したが、ゴチャゴチャした建造物の図書館は一部だけ、それにシンボルタワーを入れる構図に落ち着いた。画面の階段を上がった左側には、バイ・ジョージといって、我々も初日から何回も利用した学食がある。また自分の後方は大学の正面入り口で、ジョージワシントンの巨大な銅像が聳えている。



UW近くの教会 1997年 7月 6日

 今日は日曜日にもかかわらず、図書館が開いていて最上階までエレベータで昇った。窓越しの大学構内の一望は素晴らしかった。図書館前のセントラルプラザ広場から、かの噴水の方角を見ると、森の上の方に例のレーニア山がくっきりと浮かび上がっていた。構内散策のあと大学外縁の道路脇に古風な教会があったので絵に収めた。 



レーニア山ビジタセンタ 1997年 7月 7日

 今日は待望のレーニア山の日帰り観光旅行である。途中世界各国に輸出しているというサクランボ(ピンク色と紫色あり)の産地を経由して、サクランボを沢山食べた。山頂に近くなると、レーニア山はあいにくと顔を出してくれなかった。帰国の機上では雲の上によくみえたのに。山頂の休憩所あたりは白雪が積もっていた。



宿舎ユニバーシテイ・イン 1997年 7月13日

 バンクーバーは一泊であったが、スタンレーパークを一周サイクリングして楽しんだ。そして 7月11日夕刻、空路シアトルへ戻ってきて再び、前のホテル、ユニバーシテイ・インに投宿した。このホテルはその名の通りUWまで5分とかからない、シアトル北部の閑静な大学地域にあり、日本人の女性クラークがとても親切で家族的な良いホテルであった。インターネットにホームページも出している。  昨夜は、今回の旅やUWでお世話になった関係者全員を招いてお別れパーテイがあり、ご指名で私は旅行団一行を代表して感謝の挨拶をした。  帰国する、この朝、このホテル界隈を散策して、前後計10泊した想い出の宿舎をこのシアトル旅行最後の絵にした。



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