浅草・日光・裏磐梯


浅草アサヒ・ビール 1997年 8月22日

 サラリーマン文化芸術振興会の文有志と日光に行く日の朝、集合場所の東武浅草駅に早く着き過ぎたので、早速川端へ出て、そこから見える通称「ウンコ・ビル」のスケッチに貴重な時間を投入した。わずか15分程度しかなかったので、デッサンだけに して切り上げ、色塗りは十分過ぎるほど時間のある特急電車の中で処理した。同行の世話役が色塗りをしていた私の写真を撮って、後日サラ文会報の近況報告に掲載していた。



日光真光教教会 1997年 8月23日

 この旅は、参加者全員統一の行動パターンではなく、日中はテニス組、山登り組、フリースタイル組に分かれて行動し、夜は同じサラ文会員でオーナのペンションに集結して、彼の作ったフランス料理で酒盛りを開き、パフォーマンスを楽しむ、二泊三日の気侭旅であった。私は皆と合流もしくは、単独行動をした唯一人のフリースタイル組であった。中禅寺湖、戦場ガ原、湯の湖などを回遊したが、意外にめぼしいスケッチポイントが無く、日光市内まで帰ってきてから、石で作られた古い教会を描いただけだった。



日光ペンション 1997年 8月24日

 3日目、帰る日の早朝、宿泊したペンション(名称「はじめのいっぽ」)を描いたら、オーナが集客用のチラシに使いたいので貸してくれという。そこで置いて帰ったのだが、彼は、このスケッチで絵葉書を作って参加者全員に礼状を出すと同時に、画像に取込んで、インターネットで私宛てに送信してきた。このスケッチ画像は彼から受信したものである。最終的に現物は郵送で返却されてきたが、ちょっとした事がとても人を喜ばすのを実感した次第。



日光東照宮・陽明門 1997年 8月24日

 朝食を終わったら自由解散。日光東照宮は前に来てから40年近く経つので折角来たついでに、もう一度観ておこうと自家用車で来た仲間の帰り船で入り口まで送ってもらった。中をくまなく歩いて、結局代表的な山門を絵に収めた。ちょうど日曜日の観客で混雑してきたが、度胸はすわっていて、廻りは気にならなかった。



日光金谷ホテル 1997年 8月24日

  東照宮の隣にあって昨日、一昨日夜、有名な薪能が開催された輪王寺の境内を通って神橋までくると、森の上の方に古い建物の日光金谷ホテルが見えたので、これをスケッチしようとポイントを探しているうちに、正面玄関のところまで来てしまった。ちょうど昼時で、このレストランが観光コースになっているのか、次から次に大型観光バスが来て観光客を吐き出す。その度にでかいバスの図体でスケッチポイントが遮られるのには、まいった。もっともこちらの方が、招かざる客だろうが(^^;



裏磐梯高原猫魔ホテル 1997年 9月 8日

 ポストカードスケッチクラブの年一回のスケッチ旅行は、昨年初めて経験した秋の奈良旅行に次いで、今年は裏磐梯へ行った。ここも約40年ぶりで五色沼遊歩道を歩いたが、瑠璃色の湖面は昔懐かしいのものと変わっていないが、何んというか以前にくらべて沼が見えないところが多かった。長い年月で葦も潅木も伸びてしまったからか。この旅行は天気にあまり恵まれず、森と湖の取り合わせが私にとってはあまり良い題材ではなかった。すこしはマシかなと思う建物の中から写生した雨の宿舎を一枚だけピックアップしてみた。



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